まずは一服(2)
マスター

う~ん。とりあえず薄茶でも一服いただきましょう。したり尾さんも一服いかがですか?

したり尾

結構ですね。頂戴しましょう。

マスター

茶碗は伊部の二碗ですがどれにしましょうか?

したり尾

私は、左の伊部手で頂戴したいですね。右の伊部も枯れていて、なんとも味わいがありますが、左の伊部は、いかにも窯がそのように焼いてくれたような気がします。それに、そろそろ春ですものね。迷いましたが、左の伊部でお願いします。

マスター

さすがにお目が高い。

さむしろ

安人の代表作のひとつでしょうね。手にとってみたことがあるけど、1300度を超える炎が燃え狂う穴窯の中からよくぞ生まれてきたな、備前でこのようにきれいなものが焼けるのか、と驚きました。

マスター

備前の山土だからこそ焼けた、とも言えるんでしょうね。他の土をあそこまで焼ききったらとっくにへたっていますね。

さむしろ

備前で濃茶を点てると言えば、お茶人さんからお叱りをうけるかもしれないけど、古い高麗茶碗でもあれほどの品格を備えた茶碗はそう多くはない。

マスター

まあ、美術館にあるようなものは別としてね。

したり尾

真に結構なお手前でした。それにしても、実に不思議なお茶碗ですね。伊部といわれるから「そうか」と納得しましたが、黙って裸で置かれていたら、「何焼きだろう」と考え込んでしまいます。特にゴマの散り具合、表面の仕上がり具合が不思議です。異常な名品であることは、素人にも分かります。安倍安人の作品の中でもかなり特殊なものではありませんか。これに似た焼けの伊部手のものは過去にありますか、お茶碗に限らず。古備前展などでも見たことがないのですが、マスター。

マスター

実はわたしもそれを思っていたんですけど、この形、この味は見ていないんです。今度、安倍さんに聞いてみましょう。