「焼き切る」ということ(5)
さむしろ

古い(江戸初期以前)ものに共通しているんですが、いずれもキチッと焼けていて、それが魅力の一番手だろうという気がしますがどうですか?そうでないと江戸初期以前の美濃ものや唐津の発掘品を夢中になってほしがる人はいないし、ぶち割れの破片に数千円、数万円の値がつくはずがない。決して「桃山」という時代の響き、耳障りのよさだけではないと思うんです。

したり尾

賛成です。何しろ、焼けが一番です。時代が下がるに連れて、釉薬が発達し、融点が低くなり、だから焼きが甘くなる。進歩って一体なんでしょうね。焼き物に限らず、ほかの分野でも不思議になることが多々あります。

さむしろ

釉薬を焼くための”焼き”になってしまって、ボディが焼けているかどうかについては関心がない。その悪しき風潮は、焼き締め陶といわれる備前、伊賀、信楽なども”焼ききる”ことに無関心になってしまっている。

したり尾

そのとおりですね。また、土も焼きやすいような土が開発され、窯も電気窯、ガス窯と誰でも焚けるものが開発される。すると、素人でもある程度のものなら作れるようになる。私の周りにも、自分の作った食器で暮らしている人が何人もいますよ。こうして、産地は廃れていくのです。どこか、おかしいとは思うのですが。先ほど、書いたことをもう一度。進歩って、何ですかね。

さむしろ

進歩とはバイパスとみつけたり。目的地に早く着けばよい。ただ、ヤキモノの場合、まるっきり違うところにたどり着いているのに、そのことに気がつかない。なんていうのはどうでしょう。

したり尾

桃山時代以降の焼き物の状況の変化をあえて「進歩」ととらえてみれば、次のようなことがいえます。「大量」に、しかも「安価」に「より多くの色」で誰でもが手に入れられるようになったこと。その結果、多くの日本人が食器として焼き物を利用できるようになったこと。(利休の時代あたりまでは、食器は木製品でした)また、工業面で見ればニューセラミックス、ファインセラミックスに代表されるように思いもかけない分野に焼き物が利用されるようになったこと。そうしたことは、もちろんいいことです。「進歩」というべきでしょう。しかし、美術の分野では話は別です。昔から、焼き物は壷などにみられるように工業品としての役割もありました。しかし、そのことと美術品としての役割が混同されてしまった。今、多くの作家といわれている人々は、焼き物に美術品としての役割を求めています。美術品としての焼き物は何であって、どうしていくべきか冷静に考えてみれば、まだまださまざまなアプローチがあるような気がします。売れるとなると、すべてが同じ方向に走ってしまう。そこが不幸の始まりではないでしょうか。安倍安人の問題提起は、その辺りにあるように思います。誰もが安倍安人になる必要もないのです。

さむしろ

う~ん。安倍さんは、広く(時代的にも地理的にも)ある焼き物と桃山時代(江戸初期も入る)の極一部茶陶(織部様式茶陶)を一緒くたにするからわからないんだ、と言ってますよね。その意見にのっとって考えたほうが理解しやすいように思うんですが。

したり尾

焼けだけで言えば、NO.30でさむしろさんが言われていたとおり、江戸初期まで、つまり登り窯が出てくるまでは日用品でもきちんと焼けていたのでしょう。だからこそ、破片でも欲しがるというのは、そのとおりです。安倍安人の言われるところのものは、美術様式の問題であろうと思います。もちろん、焼きも、それを表現するために重要な要素ですが。